今年、44校の私立大学が文部科学省に対して入学定員の増加を申請した。これにより、2017年度からの入学定員数は、私大全体で7345人分増えることになる。
18歳人口が2018年を境に急激に減少し、今から15年後の2031年までに、大学進学者数は17万人減少するとの予想がある。そんな中での定員増は、大学間の人材獲得競争をますます厳しくする可能性がある。
一方、文科省は、「試験一発型」から「人物重視・多面評価型」への転換を謳って、2020年までに入試を大きく改革する指針を発表している。
大学間の競争が厳しくなるなか、新しい入試は、受験する学生にどんな影響をもたらすのか。従来型入試の課題は何で、どう変わるのか。ここでは、いくつかの最新事例から、これからの大学入試の常識を先取りしてみたい。
■「試験一発型」をやめることの物理的インパクト
そもそも日本の大学入試が「人物重視・多面評価型」へと舵を切るのは、いくつかのミスマッチをなくすためだ。過去記事でも書いたように、ひとつは社会で求められる力と、大学で求められる力の不一致をなくすこと。もうひとつは、学生は自分がやりたいことができる大学に入学し、大学側も望む人材を獲得しやすくするということだ。
「試験一発型」からの脱却は、物理的にも大学側、学生側にとってメリットがある。
現在、私立大学の数は604、学部数は1838ある(文科省 平成27年度学校基本調査)。それらの入試はほぼすべて2月のわずか1カ月の間に一斉に入試を行っている。単純計算すると、1日あたり約60もの数の入試が行われていることになる。
1人の学生が1日に受験できる学校は1つのため、学校側からすれば、受験日が他校とかぶれば、一定数の学生を逃すことになる。受験者が今より多かった時代でさえ、多くの大学は人気大学と試験日程が重ならないようにと神経をすり減らしてきた。これからさらに受験者が減少していけば、状況はさらに深刻になるだろう。
だからと言って、入試の時期を前倒しするわけにもいかない。なぜなら、実施日程が早すぎれば、準備が間に合わないので受験者に敬遠される。仮に受験したとしても、練習台に使われかねない。
過去、他大学の合格発表よりも前に入学金の納入締切を設定して、入学を確定させてしまおうという施策も多くの学校が行ってきた。しかし、これをやると、今度は、それまで保険としてでも受験してくれていた併願受験者が極端に減ってしまう。
また今後、少子化によって学生獲得競争がさらに厳しくなるなか、遠方の学校はますます不利な状況になる。入試が2月に集中する中で、特定の日に遠方に行くというのは敬遠されるのが自然だ。
こうした日程や距離的な問題の打開策としても有効とされているのが、AO・推薦入試、そして、新しい「人物重視・多面評価型」の入試への転換だ。
では、実際にはどのような転換が始まっているのか? 各大学の取り組みを見てみよう。
■まったく新しいタイプの入試が登場
お茶の水女子大学は、平成28年度(平成29年度入試)から、現行のAO入試を大きくモデルチェンジした新型入試を用意している。その名も「新フンボルト入試」。ネーミングの謎はさておき「グローバル女性リーダーの育成」の理念を実現するために開発された入試だ。
受験生はまず、同大学の教授が開く「プレゼミナール」に参加し、授業レポートを書く。このプロセスが一次選考を兼ねている。興味深いことにプレゼミナールには、受験生だけでなく高校2年生や高校教員も参加できることになっている。
二次選考はさらにユニークだ。文系受験者には、出された課題を図書館でのリサーチで解決する「図書館入試」が、理系受験者には、実験を行った結果から何がわかるかを分析させる「実験室入試」が行われる。いずれも、図書館や実験室での振る舞いをじっくり審査されるのだ。実験室入試は丸一日、図書館入試に至っては2日間にわたって行われる。
大学側は、「本人が到達した結論だけでなく、その試行錯誤の過程をじっくり観察しながら、本人の有する総合的な学力や能力、資質、知的関心、意欲などを丁寧に評価したい」としている。
慶應義塾大学SFCは2011年から毎年「未来構想キャンプ」を実施している。これは、SFCのキャンパスを舞台にしたワークショップだ。全国の高校生がSFCの教員と、先端的な研究テーマを囲んでグループワークに挑む。そして、その中で行われるプレゼンテーションで功績をあげると、最難関と言われるSFCのAO入試の出願資格(C方式)として認められる仕組みになっている。
このC方式で出願すると、AO入試の1次試験(書類選考)は必ず通過できる。つまり、この未来構想キャンプは、AO入試の1次試験とも言えるのだ。
その未来構想キャンプに、今年、新しい「滞在型ワークショップ」が登場した。高校2年生を対象に、教員とひとつ屋根の下、1泊2日で行われる。
宇宙飛行士の最終選抜試験は「閉鎖環境」での1週間の共同生活だというが、確かに、生活を共にしたら、一発型の試験では見ることができない、その人のすべてが明らかになる。学生が、共に研究を続ける同志であるかどうかを見極めるには、下手な試験より「一緒に過ごす」ことのほうが有効なのだ。
この滞在型ワークショップでも、プレゼンで優秀と認められた学生には大きなインセンティブがある。ワークショップを担当した教員が、自分のメンター(師匠)となってくれる「未来構想キャンプ・フォローアッププログラム」に参加できるのだ。大学内で進行中の研究プロジェクトにインターンとして参加し、約半年間、大学教員による指導・助言を受けることができるようになる。
■これから主流となる入試の共通点と問題点
お茶の水女子大学と慶應義塾大学SFCの事例に共通しているのは、すでに試験一発型ではなく、手間を惜しまず人物を見定めようとしている点だ。この流れは他大学にも広がっていくだろう。
しかし、複数の大学を出願する受験生にすれば、各大学の独創的な入試に対応することの負担は大きい。もちろん学校側にも、手間は膨大だ。
そこで参考にしたいのが、米国の取り組みだ。米国では入試プロセスがほぼオンライン化されている。活動履歴や志望理由書といった必要書類はすべてCommon AppsやUniversal College
Applicationというシステム経由で提出できる。大学側は学生の個性を見極めたい一方、そのために必要な情報はどの大学も大部分は同じ。そこで、統一プラットフォームで学生募集を行うのだ。これだと学生も、大学ごとに何度も同じ作業を繰り返す必要がなく効率的だ。
筆者は「試験一発型」から「人物重視・多面評価型」への転換は望ましいと考えるが、こうした仕組みが日本にもあれば、混乱は大分避けられるのではないかと思う。
たとえば、Universal College Applicationはアジアの大学をメンバーに迎え入れようとしており、近い将来、日本語版がリリースされるが、これも参考になりそうだ。
■世界の入試はさらに変わっている
また、米国の入試はさらに進化しようとしている。学生の成長結果だけでなく、プロセスを評価しようという動きだ。たとえば、テストスコア1つとっても、点数が伸びる過程でどのような努力があったかを評価しようというのだ。これがわかると、大学入学後も活躍する人材かどうかが、ある程度判断できる。
そのための手段として、学校生活や課外活動のログをつける「ステューデントロッカー」と呼ばれるシステムが開発されている。そこで記録されたログは、そのまま大学に提出できる出願資料になる。
そうした動きは今、日本にも波及しようとしている。筆者の経営している企業でも「Feelnote」というオンラインポートフォリオを提供しており、現在、日本の中高生や、国が推進する留学支援事業・トビタテ! 留学JAPAN
日本代表プログラムの留学生が活用している。ポートフォリオとは、学びや経験の履歴を作品集のようにしてまとめたものだが、このシステムに蓄積されたポートフォリオを検索して、優秀な学生をリクルーティングしたいという米国の大学からのアプローチが増えているのだ。
9月2日には、関西学院大学を代表とする8つの大学が、高校段階でのeポートフォリオとインターネットによる出願のシステムを構築することなどが、文部科学省の委託事業となることが発表されている。
日本が従来型の入試を変えようとしている。しかし、その間にも、米国など教育先進国の情勢は刻一刻と変化している。海外の情勢も頭に入れておき、先々の変化に対応できるようにしておきたい。
相川 秀希
東洋経済オンライン 2016年9月30日(金)